Series No.99 阪田 知樹
2015年7月19日に行われたアフタートークの様子をご紹介します。
Q.娘がピアノを勉強しています。舞台で緊張してしまい、練習の成果を発揮できないようです。どのようなメンタルトレーニングをなさっていますか?
こういう質問が一番難しいですね。私はまだ21歳なのですが、やはり本番のどんな舞台でも、例えば今日のような、たった壁を隔ててこちらに歩いてくるのと、中ホールや大ホールのように段があってそこに入ってくるのも、良く言えばそれだけで気持ちが昂る、悪く言えば物事の真実が見えなくなるというか(笑) なので、これだけはもう避けられないことですし、それが生演奏というものの良さでもあると思います。だからやはり自分が緊張しているなとか、いつもと状態が違うなということを認識できているというのが非常に大事なことだと思います。それを克服するにはと言われても、いざ克服してからここに出てきて、精神状態が全く一緒なのが、果たしていい演奏ができるかどうかというのは全く別物です。なかにはそういう方もいらっしゃるようですが、私の個人的な意見ではそうではなくて、緊張や落ち着かないところが演奏に躍動感を与えるとか、演奏に大きな生命感を与えるというのが絶対にあると思うので、必ずしも抑制するのが良いというだけではないと思います。うまく答えられませんが、やはり経験値ということでしょうか。
Q.私はクラシックも聴きますが、どちらかというとジャズの方が好きです。いつもクラシックの演奏を聴いて思うのは、ジャズの場合ですと自分の曲を演奏する人が多いですが、クラシックの場合にはあまり聴いたことがありません。どうしてでしょうか?
実はそれはクラシック音楽を語る上で一番重要なご質問です。といいますのは、例えば今最後に弾きましたラフマニノフのような作曲家でいいますと、彼はピアニストであり作曲家でもありました。そして他人の曲も演奏するけれども、基本的に自分の曲を演奏する。彼は亡くなったのが1943年なのですが、その時代はもう蓄音機というかレコードがありましたので、自分のピアノ協奏曲を全曲録音していました。さらに遡りますと、バロック時代というのが音楽史の分類上にあり、だいたい1700年代くらいなのですが、その頃にはその場での即興演奏、例えば人から与えられたメロディーを貰って曲をその場で作るとか、ある意味で非常にジャズに近いような感じのものでした。そして、だんだんある意味でプロフェッショナリティーといいましょうか、そういう言葉にかこつけてということでしょうね。ここからは私の個人的な見解ですが、録音が残るということになっていった時に、人によってはそんなことをやっていてはいけないなという人も出てきて、職業分離という形になっていったというのが実際の問題です。職業分離が始まったのは1900年代初頭ですね。そのくらいまでは基本的にジャズの理念というのは多分にありましたし、例えば我々は楽譜を見て演奏するわけですが、楽譜にない音を足して弾くだとか、いわゆるインプロビゼーションみたいな感じで。完全にインプロビゼーションの場所を作ってしまうということが本当に多くありました。それが歴史上の変遷で、それが良いという方もいますがメリットだけではない部分もあるのではないかと思います。実は私は作曲も勉強しているので、たまに自分の曲を演奏することもあります。
Q.今日は技巧的な音楽が多かったと思いますが、技巧的でない曲はいかがですか?
そうですね。自分のレパートリーの中でバッハ・モーツァルト・ベートーベン等、一応バランスよく持っていて、今日演奏させて頂いたベートーヴェン「告別」のソナタなんていうのはけっこう複雑な、いわゆる技巧的な部類に入る作品ですが、もちろんそうでない作品も普段たくさん演奏します。今日はやはりせっかく浜松の方に聴いていただく上で、いろんな多くの方に聴いて頂けるということで、まず親しみやすい作品から入るのがいいかなということで、そういった曲を演奏させて頂きました。演奏会の場所によって変えたりもしていますし、毎回同じようなタイプの作品だけを弾いているわけではないので、またモーツアルトとかバッハだとかをお聴かせできればと思います。
Q.ペダルを踏む時に濁らずにうまく踏むコツや練習方法はありますか?
けっこう実用的な話になってまいりました(笑) ペダルの踏み方といっても曲や場所によって異なると思います。もちろん先生に教えて頂いてここで踏もうとかというのは勉強の過程として非常に大事だと思いますし、そういう段階というのは絶対にあると思います。ただ応用として、今後楽譜を見た時にどういうところでペダルを踏むのが効果的かという判断をしやすくなるコツというのは、和音のここからここまでは一緒になっても大丈夫、というような和声分析ができるようになると、必然的にそれに合わせてペダルを踏むことができるのでそれが一番いい方法ですよね。だた、それだけだと頭でっかちな演奏というか硬くなってしまいますし、もちろん旋律に合わせてペダルを踏むことも十二分にあります。そして基本的に大事だと思うのは、どんな曲でも可能な限り遅く、ペダルのない状態で一度弾いてみて、その後に自分が普段演奏する速度でペダルを踏んでみて、どこが濁っているかきっと自分で聴いてみれば分かると思います。ゆっくり練習してみて、音が混じる・混じらないの端のところがぶつからないように、だけど切れないようにという位置関係を探していくのが一番ではないかと思います。
Q.言葉にできないくらい素晴らしい阪田さんのピアノですが、海外での生活の中、ピアノ以外でピアノに影響を与えるような大切にしていることって何ですか?
私は食べることがすごく好きで、時間がある時には演奏会で行く国のおいしいものを事前に調べていきます。ドイツではジャガイモがおいしいですし、イタリアではどこのピザがおいしいか試してみたり、そういうことをするのがけっこう好きです。ただ、食事からインスピレーションが湧くかどうかというのはちょっと分からないです(笑)それでも大事にしているのはやはり食事と睡眠ですね。あと、よく飛行機で移動するのでその中での長い時間をどう過ごすかという問題になってきて、全然詳しくはないのですが映画を観て楽しんでいます。
以下は、当日のアフタートーク中にお聞きできなかった質問を、後日、阪田さんにご回答していただき、掲載しております。
Q.ピアノを勉強しようとしたきっかけは何ですか?
はじめは普通に習い事の一つとして始めました。年齢があがってモーツァルトのソナタやバッハの作品に触れるようになって、自発的に「音楽」の勉強を続けていきたいという意志が芽生えてきました。
Q.ピアノを演奏することはどのくらい好きですか?(何かにたとえてもいいです。)
自分の生活に絶対に欠かせない事柄をまとめると「衣食住音」となるくらい好きです。(笑)
Q.新しい曲にチャレンジする際に心がけていることは何ですか?
いつ何時もまずは、良い楽譜(版)を入手することです。(笑)
実践的な練習では、「楽譜から読み取れることを可能な限り忠実に再現する」ことをはじめのうちは特に気をつけています。
Q.ショパンの雑誌で練習時間をこまめに区切っていると書いてあったのですが、どんな練習をしているのですか?
練習時間に合わせた練習方法をします。たとえば、外出直前の5分~15分の練習では技術的に難しい部分を片手ずつなど時間で区切れる練習を、時間にゆとりがあるときには、音楽表現等に即した練習をするようにしています。
Q.子どものころ、コンクールや発表会前、あるいは気分が沈んでいる時に家族から言われて嬉しかった言葉や励みになったことは何ですか?コンクール 前に緊張をほぐすためにしているルーティンみたいなものはありますか?
子供の頃から、あまり演奏が上手くいかない時や気分がのらない時は、いつも別のお気に入りの曲や、全然知らなかった曲とかを弾いてみたりしていたと思います。そんな時に、誰かが何か励ますように言ってくれたこともあったのかもしれませんが、基本的には、黙ってみていてくれることの方が多かったように思います。
いつも本番前には、緊張している体の筋肉をリラックスさせるためにも、ソファーや椅子などに横になります。
Q.普段はどんな本を読まれますか?デビューCDにスペイン狂詩曲を選ばれた理由は何ですか?
小説を読むことが好きです。
スペイン狂詩曲は自分も非常に思い入れが強い作品ですが、それだけでなく多くの方々からスペイン狂詩曲を是非もう一度聴きたいと仰って頂いたので選びました。
Q.プログラムはどのように決めるのでしょうか?
プログラム全体で一つの作品になるように考えています。また曲同士の響きの連なりも大切にしています。