Series No.88 内匠 慧

第8回浜松国際ピアノコンクールから4ヶ月余り。第6位入賞を果たし、平成25年度事業「アクト・ニューアーティスト・シリーズ」の最初の演奏者であるピアニスト内匠慧(たくみけい)さんをお迎えし、お話を伺い、コンクールの時からその片鱗を垣間見せていた内匠さんのユニークな人間像に迫ってみました。

「音楽でないと伝えられない」「音楽だからこそ伝えられる」ものを提供できるピアニストになりたいです。

2013年3月浜松城公園

――3才からピアノを始められたとのことですが、その頃のことを覚えていますか?
ヤマハの子供向けコースに通い始めたのがこの頃です。子供向けの教室で、キーボードを触るとか、遊び感覚でした。ピアノというよりはエレクトーンに触ったのが最初です。ちなみに両親はバイオリンかチェロを習わせたいと思っていたそうです。でも、ピアノを習っていた2歳年上の姉と、どうしても同じ教室に通いたくて、結局ピアノをやることになりました。

――子供の頃、ピアノ以外にされていた事はありますか?
静かな子供だったそうです。教育熱心な母は、姉のピアノの練習に長時間付き合っていたので、私はその間、隣の部屋でゴロゴロしていました。手を痛めないから、という理由で小学校6年生までサッカーをやっていました。試合では周りのチームメートにパスをまわさず、一人でドリブルばかりしていたので、ポジションはいつもサイドでしたね。(笑)

――ピアニストになりたいと思ったのはいつ頃ですか?
小学校5年生の時、後藤康孝先生との出会いがきっかけでした。その後は、かなり「背伸び」をするような感じで、どんどん難しい曲に挑戦していきました。当時、自分にピアノの才能があるとは全く感じていませんでしたし、また実際に上手でもなかったのですが、先生はとにかく褒めて自信をつけてくださって、それから少しずつ音楽の楽しさを感じるようになりました。ピアニストになろう、と決めて東京にレッスンに通い始めたのは中学校3年生のときです。

――ご両親からのアドバイスやサポートがあれば聞かせてください。
両親には全面的にサポートしてもらっていて、現在も感謝しています。また、共働きの両親が家にいる時間が少ない中で、面倒をみてもらった祖母、祖父への感謝の言葉は言い表せません。

――高校まではどのくらい練習をしていましたか?
1台のアップライトピアノを姉とシェアしていたこと、マンション住まいで夜9時以降は練習できないことなど、多少制約はありましたが、基本的に時間は持て余していました。(家の決まりだった)毎日2時間の練習をこなすのが苦痛で、関係のない本を読みながら2時間ハノンを弾いているだけの日もありました。コンクールの直前になり、ようやくやる気が出て8時間位くらい弾くというパターンですね。本来は、「親に言われるから」「コンクールの賞のため」「将来の名声のため」だけではない、より重要な動機を見つけて練習をするべきなのでしょうが、それでも目の前にニンジンがあったほうが速く走れるのは間違いないですね!(笑)

ピアニスト内匠慧

――部活動は何をされていましたか?
ピアノ練習の時間を確保するため、という名目で他のことはあまりやってしていなかったのです。これは今かなり後悔しています。高校は一応生物部にいたのですが、生き物が怖くて全く触れなかったので、結局すぐに幽霊部員になってしまいました・・。技術を伸ばすのに最適な時期は12~16歳位だという先生からのアドバイス通り、テクニック的な練習をこの時期にやっておいた点は良かったかもしれません。

――大学に入学されて一年目で英国王立音楽院に留学された経緯を簡単にお話しください。
高校からはピアニストの鈴木弘尚さんの影響が大きくなり、自分の演奏スタイルを見て(楽譜通りに弾かないとか、コンクール出場を目指すため等)、「早いうちにヨーロッパで勉強すること」を勧めてくれた結果、ヤマハのマスタークラスに時々教えにいらしていたElton先生に「弟子入り」することを決めました。

――留学に対する周囲の反応は?
両親を説得するのには時間がかかりました。マスタークラス等で習った先生方の中には「プロとしてやっていく才能はない。せっかく普通科の名門高校にいるのなら、勉強して良い大学を目指したほうが良い。」とはっきりおっしゃる方もいて、両親はそうした意見に同調していました。コンクールで結果が出ていなかったこともあり、「留学後プロになる」という主張の実現性を示すことができなかったのです。しかし幸運にも藝大に合格できたこと、英国王立音楽院の全額奨学金をいただけたことが、家族の同意を得るためのきっかけになりました。

ピアニスト内匠慧

――留学されている王立音楽院の教育はいかがですか?
テクニックは自分で習得するべきというスタンスがあるのは確かだと思います。Elton先生は「音楽の言葉で置き換えられない部分」をなんとかして伝えようとしてくださいます。今回の浜コン入賞については、エルトン先生からお褒めの言葉をいただきましたが、ライブ配信を見ての演奏内容に関しては納得されておらず、厳しいお言葉も受けました。
私のいる音楽院がロンドンで一番、演奏重視と言われているだけあって、レッスン中心で実践的です。専門学校のようなイメージでしょうか。学問というより音楽家の養成に力点が置かれています。音楽家として、あるいは人間として教養を深めるためには、たぶん各自での努力が不可欠ですね!

――ロンドンでの内匠さんの生活の様子をお話ください。パブには行きますか?
味覚が子供なのでしょうか。未だにお酒が好きになれないので、パブには行かないです。
毎日ふらふらと散歩をしていますが、方向音痴で家に戻れず、たまに4時間くらい歩いています。

――環境の変化により自分のピアニズムへの影響を感じますか?
英国に留学し始めて1年半になります。演奏に影響したかどうか他の人に聞くと、「音楽の指向性自体は変わっていない」とよく言われます。環境に左右されにくい性格かもしれません。生活形態としては「ピアノを練習するニート」みたいなもので、「街からインスピレーションを得る」ようなことはあまり得意ではないのです・・。

――コンクールが終わって早4ヶ月。今振り返ってどのような印象をお持ちですか?また、入賞したことで何か変化はありましたか?
コンクールを聴きに来られていた方を中心に、多くの方から演奏機会の企画・紹介をいただき、これはまさにコンクールに出場し入賞できたことの賜物と思います。
また、関係者の方々には、コンクールの完璧な準備と、コンテスタントを盛り上げる環境を作っていただいたことに、本当に感謝しています。外国の方は浜松市民全員が英語をしゃべると思っているのではないでしょうか(笑)。

――視聴した方々が演奏コメントを寄せていますが、誠実、素直、ひたむきさに感動したといった声が多く聞かれました。これらを含め、演奏を通して内匠さんが人々に感じてもらいたいと思うことは何ですか?
何はともあれ、私の演奏を聴き終わったとき、「心が温まった」と思って下さるような演奏ができたらと思います。色々なコメントをいただく中で「優等生的な演奏」と言われることがあるのですが、このコメントが出ることに関して強い危機感を持っています。(外見から真面目そうな印象を持たれることが多いですが)実際のところ、親しい人はみんな私の事を変な人だと見ているようなのです。つまり、「優等生」に思われるということは、私の内面がしっかり演奏に伝わっていない証拠なので、今回の浜松でのリサイタルでは自分の音楽から世界観を伝えられるよう努力したいです。

――近じかコンクールに出場する予定はありますか?
はい、色々と挑戦する予定です。日頃内にこもっている傾向にあるので、コンクールでいろんな場所に行けることは本当に貴重なことです。ただ、予備審査に通るのはいつも難しいですね!コンサートは好きなのですが録音は苦手で、いつもミスばかりに意識がいってしまうのです・・。

――20才の内匠さんが信ずる(理想とする)「ピアニスト像」を聞かせてください。
好きなピアニストはルービンシュタインと答えています(ちょっとまじめすぎるかな)。ポゴレリチとかも好きです。とにかく理想としては、「音楽でないと伝えられない」「音楽だからこそ伝えられる」ものを提供できるピアニストになりたいです。

――今後ピアノ演奏以外に挑戦したい分野はありますか?
最近「ピアノばか」になりつつあると感じているので、音楽外の勉強をしたいです。また演奏を深める目的も含め、作・編曲にも取り組んで行きます。

ピアニスト内匠慧

第8回浜松国際ピアノコンクール本選での演奏

最後に、内匠さんは、5/26 (日) 若手アーティストによる「アクト・ニューアーティスト・シリーズ」の最初の出演者としてピアノ・リサイタルを開催します。当日いらっしゃる方々に一言メッセージをお願いします。

じっくりと自分の言葉を選びながら話す内匠さんの話は、20歳の若者が発するには大変深く、ある種思考家のよう。じっくりとプロローグを経てからの土壇場の強さでコンクール入賞も可能にしてしまうのでしょう。自分は「内向的」と言われていましたが、いやはや大変饒舌で、興味深い話を沢山してくださいました。「浜コン入賞者の活躍」ページを用意しておきますので、コンクール頑張ってください。また、「ニュー・アーティスト・シリーズ」のトップバッター、よろしくお願いします!

プロフィール

ピアニスト内匠慧

1992年生まれ。愛知県春日井市出身。ヤマハマスタークラス特別コースを修了。第8回浜松国際ピアノコンクールで第6位、併せて日本人作品最優秀演奏賞を受賞。その他に全日本学生音楽コンクール高校生の部全国大会第1位、PTNAピアノコンペティション特級銀賞などを受賞。
現在は、名古屋・東京・ロンドン・パリの各都市において、ピアノソロや室内楽、協奏曲など、幅広い演奏活動を行なっている。愛知県立旭丘高校から東京藝術大学を経て、全額給費生として英国王立音楽院に在学中。これまでに、遠藤誠津子、後藤康孝、鈴木弘尚、吉永哲道、東誠三、V・ゴルノスタエヴァ、C・エルトンの各氏に師事。